Arigato 毎日幸せを感じる「懐かしい曲」と「思い出」と「終活」

難しい病気、障害、うつ、癌、認知症、介護といろいろあっても大丈夫♪

不思議な体験をした1日、人生って何?!

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生きること死ぬことを「見た」1日?そのことを書く前に「夢の話」

不思議な1日のことを書く前にまずは「夢の話」です

私はよく夢を見ます

不思議な夢が多いです

そもそも夢を見ている時間は脳波を測ればとても短いのだと読んだことがあるのですが

それなのに起きがけに覚えている夢の内容はとても豊かです

短時間の間に見たこととは思えぬほどに

ディデールに満ちています

夢とは一体なんなのだろう???

ひとつの大きな「謎」が

私の頭の中には存在しています

夢を見る人たちの頭の中には存在しています

夢って脳の何なの???

これが前提で

今日の話の始まりです

今朝の写真

スマホに勝手に「今日の一枚」みたいな写真が毎日でてきませんか

設定を自分で変えていないから

毎日、唐突に昔の写真が勝手に出てくる

それがちょっと面白いから

忘れていてびっくりすることもあるから

「今日の一枚」が勝手に出てくることを

ある意味、楽しんでいるのかもしれません

今朝も、そこそこ古い写真が「今日の一枚」として出てきました

ほおお

そう思いながら「これはいつのことだったかな?」とチェックするために

その写真を撮った前後の写真を見ていました

すると出てきたのが当時の私が記録に残すべく撮った「スクリーンショット」の数々でした

祖先の話

それは簡単に言うと私の祖先の話です

  • 亡くなった母(写真の頃は存命)
  • 私の祖母つまり母の母親
  • その母親つまりわたしの曾祖母、ひいおばあちゃん
  • そして更にその母親
  • そしてその父親

やっと辿り着く私の知らない「祖先」のひとりである男性

その人はある藩の学者(下級武士?)だったようなのですが

  • その人がした研究?の書物が現在のある県の博物館に存在し
  • その人の他の地域での活動?の記録がまた違う県の博物館にもある

ということを知った「その日」に私はその事実の記録としてスクリーンショットを撮っていたのでした

すっかり忘れていたけれど。。。

「変人婆さん」の話

私にとっての祖母は「思い出」のひとです

さらに曾祖母も90代まで長生きしたので

子供の頃読んだ漫画の「ヘビ女」のように

2階から1階への急な階段をニョロニョロと降りてくる人として私も記憶しています

そこから先の人々は全てひとから「聞いた話」

曾祖母は「その祖先の男性」の早くに亡くなった最初の妻のひとり娘(私にとっては高祖母)のさらに娘でした

しかし「その男性」は妻の死後、新しい妻をめとり2人の娘を得ます

つまり私の曾祖母の母親には「母親が異なる妹」が2人いたのです

そのうちの1人は私の親族の間では「有名人」でした

あだ名までついています

その当時、女ながらに海外に自ら出かけた「変人」として子孫一族に伝えられていたんですね

本人には子どもはいなかったので

遠い親族に伝えられた「変人婆さん」の話でありました

私も従兄弟たちもそれぞれの親から聞いていた「変な婆さん」の噂話

この人のことは真面目な本にもなっているので生前の母と読んだ記憶があります

あの本は私が古本を手に入れ持っているはずなのにどこへ行ったのでしょう

たぶん「終活」において処分してしまったのでしょう

祖先の一員の「記録」を他の品々と一緒に捨ててしまった私。。。

遠い親戚の話

そもそもキッカケとなった「スクリーンショット」は

私にとっては見も知らぬ遠い遠い親戚の方が「その共通の祖先の男性」について書いていたネット上の文章でした

その方は「変人婆さん」の姉妹の子孫なのです

私は「変人婆さん」の母親が異なる姉の子孫です

共通項は「祖先の1人である男性」

そして

そのキッカケの女性は海外に永住されている方だったんです

  • 「変人婆さん」も大昔に海外に渡った女性
  • 母のいとこたちも海外に住んだ人が少なくない(女性も)
  • 私といとこも自分で海外に出る道を選んだ女

ほおお

気がつかなかったけれど

そういう「気質」というのは親族の中にあったのかもしれないなあと思いました

いわゆる物好きですね

母の話、叔父の話

その「祖先の1人である男性」には

生まれ故郷の県ではなく

活動した違う土地に石碑?があります

母からも聞きました

叔父からも聞きました

母の兄弟姉妹はついにこの叔父だけになってしまいました

しかも「本家」です

でも、この叔父の娘たち、わたしのいとこ達は姉妹そろって「祖先の話」には全く興味がない

そこで叔父はある時期せっせと昔の写真や資料を姪の私のところに送りつけてきました

今思えばあれは叔父の「終活」の時期だったのでしょう

おかげさまで認知症ではあるけれど

昔のことならなんでもござれだった母から

私もたくさんの話を聞くことができました

ありがとう、おじさん

それは「一族のそれぞれの人の話」でした

消えゆく記憶、消えゆく情報

とにもかくにも

今朝起きて「今日の一枚の写真」から繋がっていったのが

この「私の祖先」までのアレコレだったのでした

そして朝

私は思ったのです

全ては消えゆく情報!

すべては消えゆく記憶!なのだと

たまたま

スクリーンショットなどというものが出てきたからこそ思い出した昔のこと

叔父は今、老人施設でひとり暮らしています

おじさん、覚えてる?

あの話、覚えてる???

90代半ばの叔父も

60代半ばの姪の私も

そんな記憶とともにこの世界を去る

それは

誰にとっても当たり前のこと

記憶は全て消えてゆくのです

不思議な体験

ここまでが朝の話でした

そこからの話なんですが

今日は夫とちょっと出かけてきました

美味しい飲茶も食べることができました

しかも

不思議なものを見てきたんです

ここからは「精神世界」の話です

「脳内世界」と言った方がいいのかも

いま詳しく書くと色々と差し障りがあるので

ポイントだけ忘れないうちに書いておきますね

そのうち

ほとぼりが覚めたら?その頃に

どこで何を見たのかも書けるかもしれないです

いや

種明かし的に書きたいです

あ!とお気づきになる方もいらっしゃるはず

一言でいえば「人生」とは何かを見てしまった?

それぞれの人の人生

長さも違う

境遇も違う

全てが違う

でも

生まれてきて

いきて

死んでいく

そこだけは同じですよね

そして

それぞれの人はそれぞれの体験を重ねて

それぞれの「思い出」の「記憶」をたくさん持っていますよね

この部分も同じです

つまり

人生というのは「体験の集合体」なんです

ごくごく普通の毎日の中で出会う人々との

体験には数限りがない

ある人たちは死ぬまで忘れられない人たちだけれど

忘れていたようでいて

忘れてはいない人たちだっています

共有した時間の長さとは必ずしも一致しない

関係の濃さともいいきれない

なぜか忘れていない「あの人」との「あの場面」というのも

きっと誰にでも存在しますよね

そんな数限りない「無数の人たち」と作り上げてきたのが

その人その人の「人生」なのだということを

今日、思いがけない形で見てしまったんです

え?!

という感じ

時間が経てば経つほどに

あれはなんだったのだろうと

何度も何度も反芻したくなる

そんな「体験」でした

私の人生

このブログは自分の当初の意図とは異なり

どんどん

私の人生の記録となりつつあります

いや

当初の意図自体が

自分も認知症になったときのために

自分が大好きだった曲の数々を書いておこう

そうすることで「記憶」が蘇るから

そんな目的だったのですから

まあ

当たらずとも遠からず???

人生の記録だよ記録!ということです

そして今、私は難しい病気でそうは長くはないだろう余命を生きる日々です

60代だから短命というほどでもないし

両親のように長寿でもない

父を介護する日々でもあるので

なんとか父を見送るまでは!と気合いは入っています

「そんなある日」の今日

見てしまった「人生」とは何なのか?!

「脳内の世界」こそ人生?!

人生が終われば

脳内世界の全ての人たちも消えてしまう

当然ですよね

記憶なんですから。。。

先ほどの私の祖先の1人である男性のことも

その娘3人のことも

そのひとりの娘であった私の曾祖母のことも

凛としていた祖母のことも

大好きだった母のことも

私が人生を終えれば

全ての記憶も多分霧のように消えていくのでしょう

そして人生は

数えきれないはどの人々との毎日の積み重ねだったのですから

その数えきれないほどの人々の記憶ともさようならの日が来ます

逆に言えば?!

ということはですね

どなたかの「脳内の記憶という人生」の中で

死者たちも生き続けるのです

私の人生という名の脳内の記憶の中で

大昔の祖先の男性が存在しているがごとく

私自身も

  • 夫や
  • 子どもたちや
  • 友人たち

そういったとても大切な人たちの心の中で生き続けることでしょう

それは嬉しいことなんですが

さらにさらに

どなたか

そこまで私との個人的な繋がりなどなかった方々の脳内の記憶としても

存在するかもしれないんです

え?!何?!

だってそうなんです

今は生きている私の脳内には

たくさんの「死者の記憶」があります

そんなに親しくはなかった20代で逝ってしまったクラスメイトの記憶もあります

30代で亡くなった友人の弟の記憶もあります

子供の頃しか接点のなかった40代で亡くなった従兄弟の記憶もあります

そう

そんなに濃厚な関係性ではなかった人たちも含む

ものすごい数の人々が

私たちの脳の中には「記憶」として保存されています

それが全てひっくるめて人生なのだーーー

壮大な「人生」という名の脳内記憶

ことの大小の話ではないんです

人生において何を成し遂げたかなんていう話でもない

つまり

どの人の

どの人生においても

「登場人物」というのは途方もない数で

その人たち全てで作り上げているのが

その人の「人生」だったということです

いってみれば端役のような

ちょっとだけ登場していなくなってしまった人たちなのに

なぜか忘れられない人っていますよね?

名前も知らない人たち

そういう人たちも全部ひっくるめて脳内の記憶の集合体が「人生」だとすると

いやはや

なんと豊潤で

かつ

とりとめのないカオスであったことか?!

そして

誰かのカオスのような脳内記憶の中で

この世にはいなくなった私も存在し続けるのかもしれないという

ちょっとした嬉しさ?!

厚かましいけれど

その可能性が

嬉しいっちゃ嬉しいと思うという事実があります

内なる宇宙の住人同士

私の脳の内なる宇宙

そこに住む人たちがこんなにたくさんいるならば

あなたの脳内の宇宙

そこにいる人たちも凄い数のはず

あの人もこの人も

とんでもない数の「内なる宇宙の住人」をかかえている

気がつかないだけで。。。

しかもですよ

その「内なる宇宙の住人」は

それぞれの「内なる宇宙」ごとにあの人この人重複しているわけです

つまりつまり

私の人生は

私の人生を超えて

そのたくさんの人たちの人生でもあるってこと???

そのたくさんの人たちも

それぞれが沢山の「脳内住人」とともに人生を作ってるってこと?

あのお

人生って

一人一人の枠なんていうものを超えて

もっと曖昧で

もっと壮大なんだなあ

思ったより宇宙なんだなあ

そんなことに気がついた1日でした

話が下手ですみません

通じていますでしょうか。。。

そもそも現実なのか?

それぞれの「脳内の宇宙の住人たち」

たくさんの人たち

現実の世界ではもうどうしているのかもわからない人たち

死んでしたった人たちも

「脳内の宇宙の人たち」は歳をとらない

会ったときそのままの姿

現実の私たちの毎日は流れゆく時間の中

え?!

でも

本当にその「現実」ってあるの???

現実と思いこんでいる毎日が

現実である保証、証拠などない

ほっぺたをつねって痛ければいいというほど単純じゃあない

そもそも

今私たちが経験している「人生」って現実なの?

夢のようなものなの??

一体なんなの???

勝手にムービー

スマホの話に戻ります

勝手に「ムービー」を作ってくれますよね

過去の写真の数々を勝手にピックアップして

それらしい音楽までつけちゃって

ちょっとしたショートムービーですよね

泣かせるものもありますよね

私の場合は亡き母とのムービーですね

なんだこりゃ?!

いつも驚かせられます。。。

AIの時代になって

ますます

現実と

脳内宇宙と

AIの作り出す夢のようなもの

その境目が曖昧になっていきそうですよね

本物かどうか見分けもつかない動画

違和感は残るがそっくりな声

だんだんフェイクに囲まれてきましたよね

現実には

いろんな動物たちが世界各国で人間界に現れはじめましたよね

熊、狼、ライオンまで。。。

もののけ姫の世界???

猿の惑星の世界???

どうなる、私たち人間のこれから???

ありがとうございます

またしても

感謝の1日でした

生きるということは有り難いことです

今いきているというのは

それだけで有り難いことです

さらに

私という人は数限りない人たちと接点をもちながら生きてきたのだという

その「事実」に気がつけた

私の人生は私の人生であって

しかも

私だけの人生ではない

数限りない出会った人々を記憶の中に包括した豊かな人生なんだ!

それは

みな一人一人が同じ

その人その人の豊潤な「さまざまな人々に出会ってきた人生」

すごいな、よく考えると!

とりとめもなくなりましたが

今日のところはここまでです

忘れないようにメモです

近いうちに

書ける時期が来たらもっとちゃんと書きたいです

あ!とお気づきの方もいらっしゃるかも

そんな話なんです

それでは

今日もいい一日をお過ごしくださいね♪

 

生きてるだけで丸儲けだ!