あい青子のどんな時も「幸せを感じる」あれこれ

認知症、障害、癌、介護といろいろあっても「幸せな気持ち」になれるアレコレのヒントです 自分自身と家族のために書いていますが、一緒に楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです

1980年ジョン・レノンと・松田聖子の記憶で認知症予防と対策/制服化でパンプスはグレーも手離し

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「認知症の予防と対策」のための、年代別「大好きだった曲」探しも、

1980年まできました

将来の認知症になった自分を元気にしてくれる「音楽(曲)のリスト」が、とても意外なところからも増えてきて嬉しいです

 

「介護の生活を楽しくラクに」してくれる「服の制服化」も、靴まで進んできました

「ゆるくも楽しいミニマリスト」までの道は、まだまだですが、毎日、少しずつ進んでいます

 

1980年 ジョンが亡くなった?

毎日、「○○○○年 ヒット曲」と検索しはじめてから、

とんでもなく多くの、忘れ去っていた記憶がよみがえるという

とても不思議で懐かしい体験をしています

 

好きだった曲は、自分が好きだったと「すりこみ」している曲ばかりでなく、

とても意外なところにも、たくさんありました

 

でも、今日は、ジョン・レノンが撃たれて亡くなったあの日を思い出しました

1980年だったのですね

 

その日、私は中学時代の友達の下宿にいました

そこに友達の弟から電話がかかってきました

「おねえちゃん、ジョンが亡くなったよ」

携帯電話など、まったくなかった時代です

 

そこから、どんな風に友達と時を過ごし、どうやって自分の家に帰ったのか覚えていません

ビートルズは、10歳から15歳までの自分の大半をしめているような存在でした

ジョンが亡くなった時も、ジョージが亡くなった時も、ぽっかりと心に穴があくというのは、こういうことなんだと知りました

 

ジョンのニュースをいち早く教えてくれた、友達の弟も、今はもういません

ひとの命は、とても不確かなものですね

 

ずいぶん前に、子供たちをつれてニューヨークに行ったとき、

ジョンの住まいだった、ジョンが撃たれてしまったダコタ・ハウスの前を通りました

 

こんなところで、と、息がつまりました

 

目の前の公園に入り、子供のために散歩していると、

ジョンのための記念碑がありました

花が飾られていて、ギターを弾いている人もいました

そのあたりのことをストロベリーフィールズと名付けたというのは、今日知りました

ジョンはまだ40歳だったんですね

 

1980年は松田聖子のデビューの年

松田聖子さんは、それはそれは、衝撃的なデビューとヒット曲のオンパレードでしたね

ロックばかり聴いていた私も、たくさんの曲を知っています

 

前回は、オフコースの小田和正さんの話から、

 

www.aiaoko.com

 

高音の男の人の声の魅力と、低音の女の人の声の魅力のことを書きましたが、松田聖子さんの声は、その対極、高音の女の人の声の魅力でしたよね

どこまでも伸びる高音の魅力

母音がのこる歌いかた

アイドルのファンじゃなくても、

歌謡曲のファンじゃなくても、

ひきつけられる魅力をたくさんもっていましたよね

あの時代を思い出す存在です

 

時代の象徴

ビートルズも、松田聖子も、

時代の象徴みたいなものでした

大好きな曲!が認知症に効果があるのは、もちろんのことですが、

 

そこまで好きではなかったけれど、ものすごく流行った曲というのも、

聴くだけで、「その時」を思い出させる力がありますよね

 

今回、年代別のヒット曲を調べる作業をしていて、

「ああ、きっとこういう曲も、認知症にもよさそうだなあ」と、

思いましたよ

 

「服の制服化」に合わない靴を手離す

介護の生活は、朝がバタバタ

服を考えて選んでいられない

すなわち、パッと着られて、しかも気持ちの上がる似合う服だけに「制服化」しつつあります

 

なぜ、しつつあると「進行形」なのか

それは、「もったいない精神」との闘いだからです

まだ着られるのに、もったいない

まだ履けるのに、もったいない

 

でもね、今回も決めました

パンプスは、私の生活にはもう必要がないと

冠婚葬祭の黒のパンプスを残して、いわゆるパンプスは、手離そうと

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まだまだ綺麗なグレーのパンプスには、なんの罪もありません

私以外の誰かに、可愛がってもらってねと

今までありがとうを言って、サヨナラします

 

ありがとうございます

我が家の90代のじいちゃんは、歌など歌わない人でしたが、

若いころ、たった一曲、お風呂で鼻歌ででてしまうのが「ラバウル小唄」でした

わたしも歌えるほどです

じいちゃんは、認知症ではありませんが、いろいろと認知機能が落ちてくるようなことがあれば、「ラバウル小唄」をいってみます

 

我が家の認知症のばあちゃんのほうは、調子のいい日は、讃美歌や学校時代の唱歌?を歌えます

わたしの歌詞は、ひどくあいまいですが、ばあちゃんは、ちゃんと歌詞つきで歌いきれる時もあります

 

ひどい時と、いい時の差がこんなにあるのが認知症なんですね

だからこそ、それを知ってしまった私は、「スイッチ」となる「ヒント」となる「大好きだった曲」や「大好きだったテレビ番組」や「大好きだった映画」や「大好きだった趣味」や、

そういうものを、それぞれの人が、「リストアップ」しておくだけで、

万一、認知症に限らず、年齢や事故や病気で、認知機能が落ちてしまった時にも、

その「スイッチ」「ヒント」をつかえば、そのひとの生活のクオリティーが、ぐんと上がると信じています

 

おひとり、おひとり、好きだったものは違いますよね

聴覚がもっとも最期まで残るといわれているので「大好きだった音楽(曲)」のリストアップを一番にしていますが、

大好きだったものなら何でもアリだと思います

 

大好きだったものの話ですから、それはそれは楽しいです

時間のある時に、自分が好きだった「いろいろ」を書いて残しておくのは、お勧めですよ

 

今回も、話が長い!!!

いつも、こんな話におつきあいくださり、感謝です

ありがとうございました