あい青子「大好きだった曲」と「手離し服」で幸せを感じる「認知症の予防と介護」

毎日「幸せな気持ち」になれる「音楽回想法」や「服の手放し」や「脳科学」のヒントです 認知症、障害、うつ、癌、介護といろいろあっても大丈夫♪ 自分自身と家族のために書いていますが、一緒に楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです

もしも英語が使えたら

英語が使えるって、そもそもなんだろう?

  • 小学生の時から、ビートルズやロックが好きで、お金のない親に頼み込んで「英語教室」にかよった。アルファベットくらいは分かるようになった
  • 「記憶の障がい」を持っているけれど、ロックにつながる英語は中学も高校も得意だった。でも、単語を暗記できないので、学校の試験は散々だった
  • 大学に入ってバイトして、ヨーロッパに飛んだ。英語が通じる!と浮かれた
  • たまたま近所にいた、いろんな国の人たち(大学の研究者とその家族)たちが、母国語でない英語のニュースをそのまま理解しているのに心底驚いた。話す時は私とそう変わらない拙い英語でも、リスニング力に、とんでもない差があった
  • 海外で暮らすようになった。アメリカでもヨーロッパでも、障がいをもつ子供、体の弱い子供の病院がよいと学校でのアレコレのために「生きていく英語」だけは身についた
  • けれど、子供が大きくなるにしたがい「英語の下手なお母さん」を、子供が恥じているのも感じるようになった
  • 一対一の会話には困らないけれど、集団での会話にはついていけないのが苦痛

さて、「もしも英語が使えたら」

  • 最低限の読み書きだったら、多分、高校生のときも出来ていたはず。その時は、英語が「話せる」ひとになりたかった
  • 大学生の時は、なんちゃって英語くらいは話せたはず。この時は、英語が「聞き取れる」ひとになりたかった
  • その後は、全く英語と縁のない人からみたら「英語を使える」人に見えているのかもしれない。でも、英語ができないコンプレックスはなくならない。「コンプレックスがなく英語が使える」ひとになりたい
  • ということは、ネイティブにでも生まれ変わらないかぎり、自分の英語に「私は英語が使える」と満足できることはないのかもしれない

結局、英語が使えるって、どこまでもキリがないのかもしれませんね

英語ネイティブに生まれたら

子供は英語ネイティブです

反対にいうと、子供は日本語の読み書き、聞く話すにコンプレックスを持っています

本人曰く、日本語だと、きょどるそうです

その子供と一緒に洋画を観ていると、笑う場所が違います

感性の違いもあるけれど、英語でそのまま見ているか、字幕を読んでいるかの違いが大きい!

私の結論

もしも英語が使えたら、

字幕なしで映画を思いきり楽しみたい

大好きなロックを、歌詞カードなしに、いきなり聞きたい

たくさんの人とパーティーで話すのは、そもそも集団は日本語でも苦手なので、そういう場に行きたいとは思えません

ひとりで映画を楽しむ

ひとりでロックを楽しむ

その時に、くすくすと、英語でそのまま笑えたら楽しいだろうなあ

それが結論?!

なんだか、小さな夢ですね^_^

ありがとうございます

たかが英語

されど英語

生まれ育てば話せて当たり前の英語

けれど、生まれ育たなければコンプレックスを感じる英語

不公平だけれど、仕方がない英語

「英語が使えたら」というお題は、奥が深いですね

でも、私のロックのように、何か夢中なことがあったら、勉強ではなくて覚えてしまうのも英語

楽しくもありますよね

英語はお好きですか?

英語が使えますか?

今日もいい1日をお過ごしくださいね