
それぞれの人の廃墟
わけあって
縁もゆかりもない方の
打ち捨てられた家のなかを見ることになりました
わたしは病気ですから
動画と写真だけでの参加でした
夜逃げした家ではないのに
まるで昨日までそこで暮らされていたような
生活そのままの状態でした
玄関の雨除けカバーの自転車
台所の食品
トイレのカバー
洗面台の化粧品
お風呂のシャンプー
居間の家族写真
かつての子供部屋のスターのポスター
伸び放題の木々や草花を除けば
時がそのまま止まっていました
我が家の廃墟
ずいぶんと前に
両親が私の元で暮らすようになりました
2人とも
家を捨ててくるという
引越しをするのだという
そんな「大事」としてではなく
身軽に気軽にスーツケースひとつで
娘の元にやってしました
でも実態は
もう老人2人では暮らせなくなって来たのです
父は最初は年に二度
そのうち年に一度
ひとりで帰っては家の整理もしていましたが
1人では帰れなくなり
娘の私や孫と年に一度帰るようになり
ついに
最近は帰ること自体を諦めるに至りました
長い年月で
実家は打ち捨てられた家
つまり
廃墟に徐々になっていきました
思い出のつまった「捨てられた家」
よその方の「捨てられた家」
写真を通してだけなのに
両親の家と同じ匂いがしました
歳を重ねた方たちが暮らした家の匂い
それから捨てられてしまった家の匂いです
たくさんの生活用品
個人情報
思い出
それでも
子供たちや孫たちは
それを自分たちで整理処分する時間も気力もないというのが
そのまま見てとれました
ご老人たちが
亡くなられたのか
病院に入られたのか
施設に移られたのか
家族のもとに行ったのか
私には分かりません
そこに見えたのは
ただ
家族の歴史でした
ありがとうございます
私の両親の家族の歴史
その方の家族の歴史
まるで同じでした
時の止まった家
つまり廃墟でした
悲しかったし
寂しかったし
あたたかな気持ちにもなりました
そこには思い出がつまっているから
家族の写真
そこには
家族の歴史があるから
みんな
みんな
生きて死ぬのだと
また
当たり前のことを思いました
そして
なるべく自分の物を処分していこうと
そう思いました
先日
亡き母が孫に買ってくれた鯉のぼりと兜を処分したことを
少し後悔したばかりですが
それでよかったのだと
今、思います
みなさまはいかがでしょうか
それぞれの人生
それぞれの思い出のつまった家ですね
それでは
今日もいい一日をお過ごしくださいね
廃墟と夜明け
今日も夜明けがやってきました
すがすがしい新しい一日の朝です
そう
「ひとは生きて死ぬ」だけでなく
廃墟が残るだけではなく
また「新しい命」「夜明け」が生れてくるのですよね
せつないけれど
あたたかく繋がっていく「いのち」の連鎖ですよね
大好きな黄みどりの新緑も
あっという間にジャングルのような深い緑に変わりました
ときは流れる
その繰り返しなんですよね
廃墟と夜明けはセットですよね
それでは
今日もいい一日を♪