Arigato 毎日幸せを感じる「懐かしい曲」「思い出」「物の手ばなし」

毎日「幸せな気持ち」になれる「音楽療法」「回想法」や「服の手放し」や「脳科学」のヒントです 認知症、障害、うつ、癌、介護といろいろあっても大丈夫♪ 自分自身と家族のために書いていますが、一緒に楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです

映画【インセプション 】2010年アカデミー撮影賞、この難しい映画の意味は「認知症」にも通ずる

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難解きわまる映画「インセプション 」の意味の解説

youtu.be

インセプション は、とても混み入ったストーリーでしたよね

夢は、見ている時には、現実そのもの

さめて、やっと、夢だったのだとわかる

それが「答え」ですよね

どれが「現実」で、どれが意識の中の「嘘」なのか

常に戦闘状態のなかでの、モルという名の妻の存在があやうくて、哀しかったですよね

あまりにも難解な映画ですが、

それゆえ、「意味の解説」もあちこちにありますが、

私の場合は、この映画、

「認知症」の人が見る世界と、ちょっと似ているのではないかと思いました

認知症の人が見ている世界(時系列で「何層」にも分かれている「嘘のような現実」「現実のような嘘」)が、この映画のヒントになったのではないかと思うくらいです

時も、

場所も、

周りの人も、

自分が何をしているのかも

混乱して分からない毎日

あたたかな、安心できる環境が、必要なのは、

ふつうの人々にも、認知症の人々にも、同じことです

この記事が、とても分かりやすく、かつ面白かったです

https://filmaga.filmarks.com/articles/2110/4/

現実なのか夢の世界なのかという「自分の居場所」が重要なのではなく、「自分が何をしたいのか」という根源的な自己欲求こそが大切なのだ

認知症の人がみる「世界」

私の母は、長いこと認知症でした

症状が進み、他の病気で入院した際に、認知症による錯乱、暴言などの強い症状が出たため、

退院後は、父とともに、娘の私のもとへ引っ越してきました

錯乱、暴言は、全くなくなりました

母の目から見た世界はこうです

家ではない「見たこともない場所(病院)」に、突然、自分が独り寝かされている

理由は、常にわからない(看護師さんや家族が話しても5分後には忘れてしまうので)

また、気がつくと、全く知らない場所に独り寝かされている

この繰り返しの毎日が「恐怖」だったのだと思います

ここは、どこなの?

病院内で行方不明になったこともあって、身体拘束こそされないものの、

ベッドの足元にはブザー付きのマットが置かれていて、

全く、ベッド以外ひとりでは動けない状態でした

想像してみてください

これは恐怖です

いったい、ここは、どこなの?

私はどうなってしまったの?

認知症と映画「ファーザー」

以前に書いた記事

映画「ファーザー」を思い出します

目の前に現れる娘は、現実なのか?嘘なのか?

自分に暴力をふるう男は、娘の夫なのか?誰なのか?

自分のいる、この場所は、娘の家なのか?どこなのか?

常に、認知症の人の世界は、時も、場所も、人物も、混乱しているはずです

2020年映画【ノマドランド】昨年度のアカデミー賞作品賞オスカーは「ノマドランド」/ノミネートに映画「ファーザー」も - あい青子「大好きだった曲」と「手離し服」で幸せを感じる「認知症の予防と介護」

認知症の不安と恐怖

母の場合、毎日を過ごす相手は、夫(父)と娘(私)と孫たちとなりました

認知症になるずっと前から、母がともに暮らした人と、母が最も愛していた人たちでした

それでも症状が進むと、時々、不審な顔をしている時がありました

あ、誰かわかっていないな、と分かります

ばあちゃん、ばあちゃん、と(耳が悪いので)大声をかけながら近づくと、不審ながらも、ごまかします

頭の中で、いろんな作業をしているのだと思います

そのうち、長い会話の中で、いつもの皆んなのことが分かっているバアちゃんにもどります

そんな繰り返しがありました

問題は、元から関係性が薄かった人です

家庭内では、

私の夫でした

母は私の結婚当初から、夫のことが好きで、

また、夫が連れて行ってくれたあちこちへの旅を、それは「思い出」として亡くなる直前まで大切にしていました

夫には、毎日感謝していました

でも、

突然、目の前に夫が現れると、いつも挙動不審になります

ある時は、「私は詐欺師に騙されやすいから」とボソボソ言いながら、そっぽを向いていました

認知症の母にとっては、頭の中の○さんと、目の前の男は、同一人物とは判断できなかったのですね

もっと困ったのは、再入院時の看護師さんでした

たぶん、おひとりだけ、ちょっと恐い看護師さんがいたのです

それでなくとも、「ここは、どこ?!」という状態の中で生きているのに、

冷たい対応や、恐い対応で、すっかり怯えてしまい、

そこからは「殺されるから、連れて帰って」「今すぐ家に連れて帰って」と、泣いて頼む日々が続きました

妄想だと思います

認知症の人が見る世界は、

そうではない人が見る世界とは、全く違うものです

映画「インセプション 」レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙、マリオン・コティヤール、エリオット・ペイジ

記憶に残る役者たちです

中でも、私は、エリオット・ペイジ(エレン・ペイジ)の存在感ですね
彼女は、なんと10代の妊娠を描いた『JUNO/ジュノ』の女優さんでした

僅かの間に成長したのか、はたまた、役者だから少女役も、奇妙な役もこなせるのか

いずれにしても、彼女でした

儚い美しさの妻を演じたマリオン・コティヤールも、よかったですね

脳をだまして幸せに

脳のいたずらか、認知症は、つらいものですね

不安、恐怖

でも、脳には別の一面もあります

脳は騙されるんです

現代の科学で証明されたことです

つらい境遇、哀しい境遇の時、

脳を騙して「幸せな気持ち」になることは、

これは生きるための、一つの方法だと思います

騙し方は、ひとりひとりで違ってきます

何をトリガーにするのか

何を思い出して「幸せなきもち」になるのか

やってみませんか?

私の場合は、「ありがとう」という感謝の気持ち、最初は作り物であってもいいので「笑顔」、そして「大好きだった曲で想起する思い出」が

3点セットの「トリガー」となります

認知症になったなら、「幸せな気持ち」になるように「インセプション (アイディアの発端、トリガー)」を与えてほしい

とても長くなりましたが、

結論はここです

認知症の母との毎日は、まるで映画「インセプション 」の幸せバージョンのようでした

  • その時々の、母のいる「場(現実ではなく記憶)」において、「幸せな記憶」をできるだけたくさん盗む(聞き出す)
  • 信じられないほど豊かで細かな「幸せだった記憶」が、「その場」にいる時は出てきます
  • ボーッとしていたり、機嫌が悪い時に、すでに盗んである(聞き出している)「幸せな記憶」を会話を通して思い出してもらう(移植する)
  • 会話が進むうちに、今ではなく、その移植した「記憶」の場所に飛んで、また豊かな記憶と幸せな感覚が帰ってくる
  • この2つを使うと、「機嫌のいい時間、幸せな時間」がとても長くなります
  • 情報が少ない場合は、手持ち「同じ話」だけでも、ないよりは、ずっといいです

幸せな記憶を盗む、それを移植するなどという技を使わなくとも、簡単に「認知症でも幸せな気持ちになれる」方法もあります

それは「大好きだった音楽(曲)」を聴いてもらうことで「大好きだった過去のエピソード」について思い出してもらうことです

このブログは、その目的で、自分と、将来の私の介護者のために書いています

幸せを感じそうな「ヒント」「トリガー」「インセプション 」の山盛りを作っています

(介護者は、夫なのか、子供たちなのか、施設や病院の方々なのかは、全く問いません)

もちろん、あたたかな人間関係のなかで、暮らせれば1番ですが、

そうでない場合も、

ブログの読み上げ機能と、

音楽の再生機能さえあれば、

もしかしたら、ヘッドフォンをつけて、放置されても、私の場合は、長時間機嫌がいいかもしれませんね

幸せな記憶を呼び出すことこそ、幸せな気持ちのもとになるはずです

ありがとうございます

ワケがわからなくとも、不安でも、映画は映画です

夢もそうです

夢は覚めますから、自分に「実害」はありません

それに対して、ずっと、ワケが分からない中で生きている「認知症」の人たち

なるべく「不安」や「恐怖」を感じないように、環境を整えることは、

介護する側の労力も気力も、結果としては、プラスの側に動かすチカラがあると思います

毎回、自分がどこにいるのか、そこがどこなのかが分からなくとも、

「安心」して、「穏やか」に、「幸せな気持ち」でいられるように

それが、私の場合は、このブログを作る「目的」です

「大好きだった曲」を聴くだけで、

「大好きだった映画」を見るだけで、

「大好きだった家族」の話を聞くだけで、

機嫌がよくなり、満面の笑顔で笑う、「認知症の自分」の姿が想像できます

母の介護の経験を通して学んだ事が大きいです

私だけでなく、

たくさんの方たちが、

「自分が嬉しくなる、楽しくなる、穏やかになる、幸せな気持ちになる」さまざまなヒントや物を

「準備」しておけば、

認知症や、病気や、怪我や、ただの老化のときですら、

本人にも、介護してくださる方たちにも、

大きな「プレゼント」となると信じています

ちょっとしたことで、「機嫌」は変わりますよね

案外、ひとは(脳は)単純ですよね

生きているからには、できるだけ「幸せな気持ち」でいたい

それは、願いです

 

老後や認知症の「準備」はできていますか?

大好きだったどんな音楽や、「何」によって、ご機嫌が良くなりますか?

今日もいい1日をお過ごしくださいね