
古い「下書き」がでてきました
そのまま出します
コチラの記事です
もう2年も前の記事です
状況も、捉え方も変わっているかもしれませんね
昭和の家族
専業主婦が当たり前の「昭和」という時代
男は「仕事」さえしていればいいという時代
私も父(現じいちゃん)が家にいたことをほとんど覚えていませんし
父も私が「どんなひと」なのかなんて全く知らなかったと思います
ザ・昭和でした
苦しんできた女性たち
夫の母はそんな昭和に離婚をして
たくさんの子どもを自分の手ひとつで育てた人です
「慰謝料」「養育費」
自分の子どもなのに無責任にも「我、関与せず」の男たちがたくさんいたことでしょう
女のシングル家庭は今も苦しみ続けていますよね
今の家族
女も働くことが当たり前になりました
すべての家庭が「離婚」なしに行くわけではありませんから
双方が「収入」をもつことはとても大事だと思います
「保険」のような意味もありますよね
それでも
いまだに「働いても、家事と子育てはきちんとしてね」的な
そんな「重圧」がありますよね
え?!君(夫)は家事も子育てもしないんかい???!!!
ハーフ&ハーフまでの道のりは厳しいです
苦しんでいる男性たち
とはいえビジネスの世界は厳しい
家庭で家事もし
子育ても存分にすれば
「我関せず」の男たちが優勝するのは当たり前です
昭和の「男女の仕事分担」ってコスパ、タイパ的には
優れていた部分もあるからです
でもね
「離婚」したら女はどうなるの???
そこのところですよね
そして
子どもという「宝物」と接することも出来なかった、
或る意味「よそのひと」「嫌われもの」だった多くの昭和のお父さんたち
哀しい存在でもありましたよね
子どもたち
お父さんが苦手な昭和の子どもって多かったはず
それまで家族で盛り上がっていたのに
お父さんが帰ったとたんにシーン。。。
そういうのを経験しなかった昭和の子どもは幸せ者だと思います
離婚が少なかったのは
家庭内離婚が多かったから
子どもたちはちゃんと見ていましたよね
みんなみんな幸せを感じたい
男も
女も
子どもたちも
みんなみんな「幸せを感じたい」ですよね
どこらへんに、そのひとそのひとの「いい場所」があるのか
さぐりながら行くしかない?
アメリカでもヨーロッパでも
いわゆるビジネス上の成功者は半端ない働き方をしていました
昭和のお父さんに近いかもしれません
でも、そこを目指さない人も沢山いました
5時にはさっさと帰って公園でバーベキューパーティーは普通でした
夜は大人の時間という国もありました
男も女も、成功を目指すのか、そこそこが好きなのか
選択肢がないとキツイですよね
いろんな人がいて当たり前
だいたいにおいて「結婚しない人」も「子どもを持たない人」も当たり前!
そういう自由がほしいですよね
ありがとうございます
慰謝料も養育費も払ってもらえない時代に離婚をして
子どもたちを必死に育ててくれた義母
口癖は「お金はないけれど栄養だけは!」です
子どもたちに充分食べさせるために安い食材を求めて
自転車!でどこまでも走ったひとです
お母さんは家にはいなかったけれど、そんな姿をずっと見ていたから
子どもたちは皆、年老いた義母に優しいです
配偶者もそうです
みんな見ているんですね
家庭のありかたもそれぞれ
働き方もそれぞれ
自分の「一番いい場所」がどうか見つかりますように
戦力外の「傍観者」ですが
しみじみそう思います
「しあわせな気持ち」って大事ですよね
それでは
今日もいい一日をお過ごしくださいね♪
今朝、「見た夢」の話をしたばかりですが
そういえば前の日も面白い夢を見ました
子どもの時以来行っていない「叔母の家」に
車で出かける夢です
それが信じられないほどに開けていて
信号のある交差点が横にあり
お寿司屋さんが3店もありました
まさに「まじか?!」という気持ちで目覚め
さっそくにグーグルで現在の様子をチェックしました
いや
ひらけていました
驚きました
でも
寿司屋は1店舗もありませんでした
かつて存在した祖父母の家の位置も
叔父たちの家の位置もチェック
ほんとうに大きく変わっていました
住所名も変わり、かつての「地名」は児童公園にだけ残っていました
なんという夢!!!
皆様も見ますか?
今日もいい一日をお過ごしくださいね♪