
ビートルズがビートルズとして成立するのに不可欠だった人々
たくさんの人が思い浮かびますよね
ジョン
ポール
ジョージ
リンゴ
もちろんこの4人がビートルズなわけですが
ビートルズがあのビートルズになるには
人々からの「なにか」が必要だったはずです
ビートルズに不可欠だった人リスト
ジョージ・マーティン
音楽的にどんどん進化するビートルズ
そこにはクラシックの素養のあるジョージ・マーティンがいました
プロデューサー兼先生のようにも思えます
あのイギリス紳士然とした風貌が忘れられません
ブライアン・エプスタイン
5人目のビートルズの大本命でした
マネージャーですが兄でもあり父でもあるような存在だったのでしょう
それゆえ
彼の亡くなった後のビートルズは崩壊に向かっていきましたよね
不良然としたビートルズにピッタリとしたスーツを着せ
彼らのユーモアのよさをそのままに売り出してくれた人ですよね
ビジネス面にとどまらず
ビートルズの信頼と安心の中心の人だったのだろうなあと想像します
ピート・ベスト
リンゴにかわるまでのドラマーでした
それに加えてビートルズの活動の場も与えてくれたひと
女の子たちの人気の元(かっこいい)でもありましたよね
この記事にも貼り付けましたが
ジョージとピートの関係がせつないです
お互いに好きな友人でありながらビートルズという将来のために
ハンブルグでの下積み生活をともにした仲間を切った人
あきらめたひと
それぞれの葛藤がありますよね
それにしても「いいかた」だなあとインタビューを観るたび思います
スチュアート・サトクリフ
初期のベーシストでしたね
恋人のアストリッド・キルヒャーとともに
洗練されたビートルズになっていくきっかけを作った人ですよね
早すぎる死
ここからのベーシスト、ポールの誕生でしたよね
アストリッド・キルヒャー
スチュアート・サトクリフの恋人ですが
カメラマンとして
有名になる以前のビートルズの「クールな写真」「内面性のある写真」の数々を
残していますよね
あのビートルズの髪型もアストリッド発祥でしたよね
カール・パーキンス
カバーが物語るビートルズへの影響ですよね
バディ・ホリー
カバーがバディ・ホリーへの愛ですよね
この曲です
エルヴィス・プレスリー
アメリカにビートルズが進出したときに
エルヴィスには会いに行ってもいましたよね
ここに挙げた方ばかりでなく
ビートルズが影響をうけたアーティストが沢山出てきたのが
コチラでした
ジェフ・エメリック
プロデューサーの上記ジョージ・マーティンとともに働いていたエンジニアですね
ビートルズの輝ける曲の数々の「原石」に
ジョージ・マーティンのクラシックの味わいと
ジェフ・エメリックの実験的な音のアレンジが加わって
ぐんと進化したのがビートルズなのかもしれません
プロ集団ですよね
感想 映画『ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ』ドキュメンタリーの魅力 - Arigato 毎日幸せを感じる「懐かしい曲」と「思い出」と「終活」
彼があちこちで語る「ビートルズ」は性格があうポールに好意的で
他のメンバーにはむしろ辛辣であることも多いかもしれません
人と人は「相性」ですから
これは仕方のないことですね
マル・エヴァンズ
ビートルズのロード・マネージャーというより「何でもしてくれる友人」?!
体も大きくて力持ちで優しいマルですよね
様々な場面でビートルズを文字通り支えるマルの姿がみられますが
私個人の思い出はこの曲での金槌を叩くマルです
ニール・アスピノール
上記のマルとともに縁の下の力持ちでしたよね
そしてアップルの会社(アップル・コア)の代表取締役として
解散後も経営に携わってくれた友人かつビジネスをも支えてくれた人ですよね
そして彼は解雇されたドラマーのピート・ベストのお母さん!と結婚した人でもありました
その人間関係の複雑さ
それにもまさる人間性
よきひとたちに恵まれたのがビートルズだったのだろうなあと感じます
マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー
インドの瞑想法の指導者でしたね
のめり込んだジョージから苦手そうだったリンゴまで
メンバー間に違いはあるものの
それぞれのパートナーも伴ってのインドでの長期間の体験でした
インド文化の影響をうけた曲や音は多いですよね
ありがとうございます
ビートルズにとって
なくてはならない「何か」を持った人たちのリストでした
そこまで長期にわたっての影響はなくても
エリック・クラプトンや
ビリー・プレストンの
曲への参加は音楽性を進化させただけでなく
メンバー間の「軋轢」をも一時やわらげるような
そんな存在となったのかと想像します
ビートルズはビートルズだけでは存在しませんよね
みなさまが思い浮かべる「なくなてはならない人」は誰だったでしょうか
それでは
今日もいい一日をお過ごしくださいね♪