あい青子「音楽療法」「回想法」「手ばなし」で毎日幸せを感じる

毎日「幸せな気持ち」になれる「音楽回想法」や「服の手放し」や「脳科学」のヒントです 認知症、障害、うつ、癌、介護といろいろあっても大丈夫♪ 自分自身と家族のために書いていますが、一緒に楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです

猿の惑星シリーズを観て

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猿の惑星

この映画を子供の頃に観て

衝撃を受けました

そこで感じたことと考えたことは

50年たった今も考え続けていることです

人間としての自分

高等生物って何???

人間って何???

人間だけが特別なの???

立場が変われば体験の意味が変わりますよね

例えばGと呼ばれる昆虫

大の苦手とされている方が多いですよね

人間にとっては不潔で害をもたらす生物です

でも

Gにとっては普通に生まれて生きているだけで忌み嫌われ殺される存在???

もしも人間が

さらに高等生物といわれるものたちにとって

不潔で害をもたらす生物となった場合

人間たちは普通に生まれて生きているだけで忌み嫌われ殺される存在とされても

文句は言えないことになりますよね。。。

ううむ。。。

ほかにも

カラスの害

熊蜂の害

熊の害

命にかかわる問題は

「正当防衛」が絡んできますよね

どんな生き物も

自分たちが生き残ることに必死です

他の生き物たちも

私たち人間も

自分の命を守るのは当然のことですよね

アリの行列

アメリカに住んでいた頃

家の中に蟻が大量に入ってきて困りました

赤ん坊もいて

私も癌の治療中で

心に余裕がありませんでした

小さな壁の穴から延々と続くアリの行列

私はその穴に殺虫剤を撒きました

もうその穴からは蟻は侵入しなくなりました

毒ガスですよね

見えないだけで

その内部でどれだけの蟻たちが死んだことでしょう。。。

なるべく殺生をしたくない

夫はその時もせっせと塵取りで蟻たちをあつめては

外に放していました

虫も殺さないひとです

蜂は怖いけれど

基本、殺生をしたくないひとです

それに比べると

自分はなんて身勝手で残酷なんだろうと思いました

ただ食料を求めて歩き回っただけで

全滅で殺される。。。

自分がその立場だったなら。。。

食料となる自分

さらに

生き物である限り栄養が必要です

日々、感謝して「いのち」をいただくことで

自分の命をつないでいますよね

その時に

下等生物なら食べてもよくて

高等生物は食べてはダメという考え方もありますよね

植物は食べてもいいけれど

動物は可哀想だからダメ

魚までは食べていいけれど

哺乳類はダメ

鶏や豚や牛は食べていいけれど

鯨や馬はダメ

様々な考え方がありますよね

自分が食べられる側になった場合を考えると

混乱します

少なくとも

とても劣悪な環境で

食べられるために生まれて育つ人生

それは嫌ですよね

ゲームや遊びのために殺されるのも

嫌ですよね

いろいろと考えてしまいます

それでも食べて生きている、それでも共存できない場合もある

何かを食べなければ死んでしまいます

生命をいただいて毎日を生きています

小さな蟻

Gに代表される害虫と呼ばれる虫たち

カラス

ネズミ

自然に共存できないケースもあります

自分の家の周りに熊がいるだなんて

動物愛護だけで語れる問題ではありませんよね

人間も熊も

自分の命をかけて必死です

今現在という限定で人間が高等生物なだけ

宇宙は広い

いつ人間よりも高等な生物がやってきて

人間を下等で

かつ

有害な

あるいは

栄養源として食料として良いものとされても

おかしくはありませんよね

そんなとき

必要以上の殺生

残酷な飼育

そういうことをされたくはないですよね

いろんなことを考えます

立場が変われば

全てが違って見えてきます

ありがとうございます

子供の時に観た映画「猿の惑星」

動物園の動物たちの姿も違って見えてきました

ペットたちの姿も違って見えてきました

(いろんなペットたちと暮らしてきましたから)

いわんや

食べられる動植物

殺される動植物

ですよね

簡単な話ではないのは重々承知の上で

自分ならどうするのか

考えてみたいです

基本は自分のいのちを守ることですよね

では、それ以外は???

 

みなさまも

そんなことを考えることがおありですか?

SF映画などを観ると

そんなことばかり考えてしまいます

立場の逆転って

ありますよね

それでは

今日もいい1日をお過ごしくださいね