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小野洋子さん(Yoko Ono)は何をした人?ジョン・レノンの妻、前衛芸術家、音楽家、平和運動活動家

ヨーコ・オノとは?

前回

小野洋子さんとしての生まれと育ちなどを詳しく知って驚きました

  • ジョン・レノンが強く惹かれた理由
  • 平和活動の源泉

そういうものが垣間見られたような気がしました

あらためて言うまでもなく

小野洋子さんはジョン・レノンの妻であるだけでなく

  • 前衛芸術家であり
  • 音楽家であり
  • 平和運動活動家でしたよね

もっと知りたい小野洋子さんということで

ソニーミュージックの「ヨーコ・オノ」のプロフィールが詳しいので参考にさせていただきますね

こちらです

www.sonymusic.co.jp

世界平和を訴えるアクティビストとしてのヨーコ・オノ

プロフィールより

一貫してジョンの「Imagine」に象徴される平和と愛を訴えるメッセージを発信し続け、数々のチャリティイベントへの参加や基金の支援などで今なお世界平和のために活動し続ける世界的アクティビストでもある。

やっと時を経て「イマジン」という名曲はジョンとヨーコの共作だということが認められました

ジョン自身も生前に男としての見栄で「共作」にしなかったことを認めています

時代だから仕方がありませんよね

この「世界平和の活動」の源となったのは

小野洋子さんの育ちが大きいと思いました

こちらでした

www.aiaoko.com

普通のアメリカ人

普通の日本人が

見ることのできない「双方の目」で

戦争というものを

そして平和というものを

こどもの純粋な目で観察していたはずです

ジュリアード音楽院在学中の音楽家、一柳慧と知り合い結婚

最初の結婚ですね

日本を代表する作曲家、ピアニストのひとりですが

私自身は門外漢なので自分の勉強のために貼り付けておきます

ja.wikipedia.org

自殺未遂ののち鬱病治療のため日本の精神病院に入院

わたしも家族や友人に「うつ」を経験した人が少なくありません

辛い病気です

だれでも罹りうる「こころの風邪」です

無理をすると自殺願望(いなくなりたい)がつよくなります

とても難しいです

アメリカ人映像作家のアンソニー・コックスとの再婚

そこに現れた人がアンソニー・コックスでした

ヨーコの活動のファンと言ってもいいのでしょうか

いろいろあった末

一柳氏とは離婚

アンソニー・コックスと再婚

キョーコちゃんという娘さんに恵まれました

アメリカ、イギリスでの活動

アート書籍『Grapefruit』を発表

これは「イマジン」のもとともなった作品でしたよね

AIの回答例です

  • ルーツとなった詩: 『グレープフルーツ』の中の「クラウド・ピース(Cloud Piece)」という詩にある「千の太陽が同時に昇るのを想像してごらん...」といった指示書き(インストラクション)が、「イマジン」の核心であるイマジネーションの世界観の土台になったと言われています。
  • ジョンの証言: ジョン自身も生前、「『イマジン』の多くの歌詞とコンセプトは、ヨーコの『グレープフルーツ』から直接得たものだ」と語っており、本来はヨーコも共作者としてクレジットされるべきだったと認めていました。 

ジョン・レノンとの出会いはロンドンでのヨーコの個展で3度目の結婚へ

有名な「天井のYes」の個展でしたよね

その後、時は経ってジョンとヨーコは結ばれ

ジョンとシンシアは離婚に向かいました

www.aiaoko.com

1969年3月にジョンとヨーコ結婚

元のパートナー達との離婚

息子ジュリアン、娘キョーコを手ばなしての再婚となりました

ビートルズの作品の録音にもヨーコが参加

ホワイトアルバムからでしたね

この時点でのビートルズの他のメンバー3人の動揺は

想像に難くありません

なぜ、この女の人が「職場」にいるのか???

答えは「ジョンが必要としていたから」なのでしょうけれど

決して納得のいくものではなかったはずです

「参加作品」はこちらでしたね

www.aiaoko.com

AIの回答例

「レボリューション 9」
この前衛的なサウンド・コラージュ(ミュジーク・コンクレート)は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ、ジョージ・ハリスンによって共同制作されました。曲中で何度も繰り返される「ナンバー・ナイン(Number Nine)」というフレーズは、ヨーコが発した言葉がサンプリングされています。

強烈な印象の連呼でしたよね

ベトナム戦争反対のためのジョンとヨーコの「平和のベッドイン」

別シリーズの「ビートルズ日記」のほうに書いたものです

www.aiaoko.com

「一体何が始まるのか?」と期待?させた活動でしたね

「平和を我等に」(Give Peace a Chance)1969年ジョン・レノンがプラスティック・オノ・バンド名義で発表

こちらです

youtu.be

戦争ではなく

平和を求めるこれだけの声と姿ですよね

いま

世界が平和とは遠い方向へと歩み始めています

日本もです

この流れをとめなくては

またお年寄りたちが語ってくれる「過去の悪夢」がやってきます

それは単なる「殺し合い」です

当時の大統領ニクソンに睨まれたジョン・レノンとオノヨーコの平和運動活動(ベトナム戦争反対)

上の曲のwikiです

ja.wikipedia.org

平和のための「ベッドイン」

その最終日にその部屋でそのまま録られた録音と録画ですよね

Yoko Ono の別バージョン動画も凄いです

youtu.be

しまいには取材に来ただけの報道陣もみな「平和にチャンスを!」「我等に平和を!」と歌っています

この曲はムーブメントですよね

誰が作詞作曲したのか?(曲のクレジット)ジョン?ヨーコ?まさかのポール?!

wikiより

本曲のクレジットはレノン=マッカートニーとなっているが、実際にはレノンとオノ・ヨーコの共作である。レノンは彼女をクレジットに含まなかったことを「罪」だったと語っている

ポールはこの曲にまったくからんでいませんよね?!

イマジンの件もこの曲の件も

小野洋子さんにとっては「なぜ?」というものだと思います

ジョンは世界で一番有名なアーティストではあったかもしれないけれど

ふたりで作ったものは

ふたりの作品のはずでした

ありがとうございます

今、この世界を見たならば

ジョンはなんと言ったろう

ジョンなら何をしただろう

この曲をみて聞いて

そう思いました

わたしたち「ひとりひとり」は小さいけれど

そのひとりひとりが「平和」をもとめていて

なにかの瞬間にそれは大きなムーブメントになっていきます

ときの大統領を恐れさせたような「大きな流れ」です

他国への憎しみよりは愛を信じたい

他の国に住む普通の人々と殺しあう方向には進みたくない

ちいさな個人の「思い」が

どうか「大きな流れ」となっていきますようにと

祈るような気持ちです

小野洋子さんから始まったことは

実はものすごく大きなことだったと気がつきました

 

それでは

今日もいい一日をお過ごしくださいね♪