あい青子のどんな時も「幸せを感じる」あれこれ

認知症、障害、癌、介護といろいろあっても「幸せな気持ち」になれるアレコレのヒントです 自分自身と家族のために書いていますが、一緒に楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです

1987年のヒット曲はデフ・レパードのヒステリア/ ファッションも夢?mc Sister ?

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きのう、弘田三枝子さんが21日にお亡くなりになったことが発表されました

今、書いている年代別の「大好きだった曲」のリストは作りは、

6月30日に、弘田三枝子さんのことを夢で見たのがキッカケでした

 

「人形の家」大好きでした

弘田三枝子さん、ありがとうございました

 

www.aiaoko.com

 

 

オリンピックとパラリンピック

認知症の母だけではなく、我が家には障害のある子供もいるので、オリンピックとパラリンピックの開催を、とてもとても楽しみにしていました

 

障害の種類や、生まれた時からなのか、怪我や病気によるものなのかという違いは、その人その人によって、様々ですが、

人とは異なる「不便」をもちながら、それを「不幸」とはとらえずに、

自分の「個性」として、イキイキと競技に取り組む姿は、

本当に、障害の有無を問わず、すべてのひとに、生きるって素晴らしいことだよねという、

勇気と希望を分けてくれますよね

 

コロナの今、オリンピックとパラリンピックの開催も、どうなっていくのか、まだわかりませんが、

スポーツは健康な人ばかりのものではなく、

すべてのひとにチャンスはあるのだと見せてくれるパラリンピックは、

本当に素敵ですね

 

デフ・レパードのヒステリア

前回と今回で、間違えて、年が前後してしまいました

ゴメンなさい

 

1987年のヒット曲!というと、デフレパードのアルバム「ヒステリア」です

 

とにかく、アルバムの中にイマイチの曲がない

どの曲もどの曲もよくて、キャッチーです

シングルは全て大ヒット!

 

デフレパードは、メンバーの年齢が自分に近いもので、なんとなく、同級生みたいな気持ちになってしまうバンドでした

1983年にでたシングル「フォトグラフ」は、曲もいい、演奏もいい、ルックスもかっこいい!と三拍子そろっていて、大ヒットでしたよね

MTVのリクエストでは、あのオバケヒット曲のマイケル・ジャクソンの「ビート・イット」を超えたというのですから、その人気ぶりは、大変なものでした

 

そんななか、ドラマーのリック・アレンが自動車事故を起こし、肩から片手を失いました

ドラマーにとって、片手だけしかないというのは、「再起不能」と誰もが思ったとおもいます

メンバーを変えるしかないのだろうと、普通は思うとおもいます

 

でも、ほかのメンバーはリック・アレンの復帰を待ちました

そして、リック・アレンは、片手の自分用に、3本の手足で4本の手足分のドラミングが可能なドラムセットを作り上げてもらい、

そして、そのドラムセットを完璧に使いこなせるよう訓練して、

私たちの前に、再び現れたのです

それが、1987年のアルバム「ヒステリア」でした

 

もうね、涙なしには語れない話です

生まれつきの障害も辛いけれど、途中からの障害も辛いです

それを克服する精神の強さ、肉体の強さ

私にとっては、リックアレンは、ハードロック界の尊敬すべき人ナンバーワン!でした

 

我が家にも障害のある子供が生まれてきました

生まれつきではあっても、物心がついてくると、どうして自分だけ、ほかの人(友達)とは違うんだろうと悩む日はやってきました

 

そんな時、私はいつも、自動車事故で片手を失ったドラマーのリック・アレンの再起の話を、何度も何度も、あつく語りました

子供にとっては、うるさいほどだったと思います 

 

不便と不幸は、全然ちがうものだよ

不便はあっても、不幸ではないよ

 

人と違っても、なんだってチャレンジはできるよ

ちがう方法で、ちがう楽しみを見つけられるよ

 

説教話ではなく、

それをカッコよく体現!していたのがリックアレンだったからです

 

我が家の子供に、ドラムセットを買ったこともありました

親バカです 

子供は、音楽ではないもののオタク!として大きくなっていきました

努力で、信じられないような体験も、たくさんやってのけました

親バカです 

 

リック・アレンには、感謝しかありません

リックだけでなく、障害をもった仲間を見捨てなかったデフレパードのメンバー全員が、私のスターです

 

ギターのスティーヴ・クラークが若くして亡くなりました

彼の曲が好きでした

 

もうひとりのギターのフィル・コリンは、若い時には華奢でしたが、体を鍛え上げてピカピカのマッチョ!になりました

 

スティーヴの代わりにギターを弾くヴィヴィアン・キャンベルも癌になりました

治療をしながら、ずっと現役です

 

ベースのリック・サヴェージは、ベル麻痺という顔面麻痺の病気になりました

でも、その後も、そのことを隠すことなく、ステージに上がり続けています

 

そして、バンドを率いるボーカルのジョー・エリオットは、年をとっても若い時のままの声を聞かせてくれます

節制とトレーニングなしには、ボーカルの力の維持はとても難しいと思います

 

昨年のデフレパードの来日は、アルバム「ヒステリア」の再現ライブでした

感動しました

ステージの大画面には、亡きスティーヴ・クラークの姿もありました

 

満身創痍のバンド、

でも負けないバンド!

 

1987年のヒットアルバム「ヒステリア」は、認知症であれなんであれ、歳をとって負けそうになっている私に、必ず聴かせてほしい曲ばかりです

病気に負けるな

怪我に負けるな

障害に負けるな

自分に負けるな

 

いつだってチャンスはあるよ

いつだってできることはあるよ

諦めることはないよ

不幸だなんて思わなくて大丈夫だよ

 

デフレパードは、

私の同級生で、応援団です

ありがとう!デフ・レパード!!!

 

雑誌 mc Sister の夢?

この話を書くのはどうかなと思ったのですが、

書きます

弘田三枝子さんの夢を見て、6月30日から「日本の歌謡曲」のことも年代別で書き始めたんだよという話を、

弘田三枝子さんの訃報をしり、子供たちに夕べ話しました

 

「なんだか、こわいね」と言われて、寝たのですが、

今度は、mcSister の夢を見たんです

雑誌です

 

私の母(我が家の認知症のばあちゃん)は、まったく服に関心のない人でした

私の子供服のセンスも、メチャクチャでした

わたしが、自分で、服のことをいろいろ覚えていくのは、ファッション雑誌なしにはとても無理でした

 

で、すっかり忘れていたんですが、

ファッション雑誌というものを初めて買ったのが、「mcSister」 だったんです

夢を見て、思い出しました

 

可愛い雑誌でした

世の中には、こんな服もあるのだと知りました 

それくらい、母の洋服に関する知識はなかったということです

 

MCって、マック?と思ったら、メンズクラブのMCだったんですね

50年近く?たって、今更ですが、

とても正統派の雑誌だったのだと、「検索」で調べて知りました

 

読まれていましたか?

 

ありがとうございます

そして、いつも長い私の話を、

最後まで読んでくださるみなさん、

ありがとうございました

 

生きてるだけで、丸儲け!

生きてるって、それだけで素晴らしいことですよね

 

今日もどうぞ、いい一日をお過ごしくださいね♪