あい青子「大好きだった曲」と「手離し服」で幸せを感じる「認知症の予防と介護」

認知症、障害、癌、介護といろいろあっても「幸せな気持ち」になれる「音楽」や「ファッション」や「脳科学」のヒントです 自分自身と家族のために書いていますが、一緒に楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです

【1993年の映画】「ギルバート・グレイプ」レオナルド・ディカプリオが障がいもある少年、ジョニー・デップがお兄ちゃん

f:id:AIaoko:20210820102130j:plain

1993年

何をされていましたか?

映画「ギルバート・グレイプ」はご覧になりましたか?

レオナルド・ディカプリオが、障がいをもつ少年を

ジョニー・デップが、その兄の青年役を

2人とも、限りなく細やかに演じてくれました

それぞれの哀しみ

それぞれの喜び

 

我が家にも障がいもある子供と、その兄弟がいますから、この映画はとても特別なのですが

この映画を観た時には、自分がそんな子どもたちの母ちゃんになるとは、つゆにも思っていませんでした

まずは、こちらをご覧くださいね

【Movie】1993年の映画「ギルバート・グレイプ」もレオナルド・ディカプリオが演じる障害をもつ少年が素晴らしかった 繊細で悩める兄の姿はジョニー・デップそのものだった - あい青子「大好きだった曲」と「手離し服」で幸せを感じる「認知症の予防と介護」

この映画、登場人物がかなり変わっているのかもしれません

我が家にとっては、親たちも、子供たちも、町の人たちも「ある、ある」なんですが、

そういう人生を生きていない方にとっては、ビックリな奇想天外な映画かもしれません

お涙頂戴ではない「哀しみと喜び」を描いてくれています

町にやってきた彼女とおばあちゃんの生き方は、私と夫の理想と重なります

ギルバート・グレイプ

これです、これ

www.youtube.com

 

障がいがあったって

障がいがなくたって

誰もが、もがきながら、

泣きながら、喜びながら

怒りながら、笑いながら

不自由だけれど、自由を求めながら

一生懸命、生きてるんだよね

そう、気づかせてくれる映画です

そして、それぞれの

家族愛

友情

愛情に

生きてるっていいなあと思ってしまいます

パラリンピックも映画もありがとう

自分だけが、どうして?って、

つい誰もが思ってしまいがちですよね

 

お金持ちと貧乏

健康と病気や怪我や障がい

親兄弟姉妹との愛憎

友人関係、人間関係

ルックスの良し悪し

能力の高低

性格のアレコレ

 

人と比較して、アレがない、コレが足りないなどと言い出すと

もうこれはキリがなくて

人を幸せにはしてくれない世界に突入します

 

どんな境遇でも

幸せを見つける人は

幸せの種を上手に育てていきます

 

小さな種を見つけて

育てられるのは、じぶんだけです

 

自分を、幸せな気持ちにできるのも

自分だけです

 

それだけを知ることができたなら

その種は

美術

音楽

文学

映画

オリンピック、パラリンピック

ありとあらゆるところに落ちていますよね

 

パラリンピックを観ていて思うのは

彼らが輝いているのは

競争に勝っているから、ではなくて

好きなことの努力を夢中で続けているからなんだなと気がつきます

年齢が様々なのも、続けられた人にチャンスがやってくるからなのでしょう

スポーツとひとことでいうけれど

格闘技系あり

水中系あり

陸上系あり

車椅子系あり

頭脳系あり(ボッチャ!)

 

それぞれの人に向いている

さまざまな競技が山のようにあります

 

両脚を失っても、バネのような脚をつけて、空中高く跳び、倒れ込む!

これを見せてもらっているだけで、義足をつけるのが痛そうで、転びそうで、怖いと躊躇していた人たちに

何かのヒントをくれるかもしれません

 

すごいなあ、人間って

素敵だなあ、生きてるって

 

障がいや病気をたくさんもって生まれてきた子の母ちゃんは

嬉しくてたまらなくなります

ありがとうございます

さて、老いることも、さまざまな病気、けが、障がいと結びついていきます

ひとと比較したら、哀しい気持ちになるかもしれません

けれど、自分の中に、幸せな気持ちを持ち続けることはできると思っています

小さな喜び

小さな驚き

小さな笑いは、ちょっとしたことで、呼び寄せることができるからです

 

我が家の認知症のばあちゃんの最近のヒットは、

住んだ町々の「方言」の話です

ばあちゃんも子供の頃から今に至るまで、たくさんの町で暮らしてきました

港町にも、各地でお世話になりました

場所は違えども、「港町の女の人たちは元気だった」という話になりました

「大きな声で話しかけてくれるけれど、方言がまったくわからずに、ただただ聞いていたものね」と言いました

 

私が住んでいたヨーロッパの町でも、ばあちゃんはウチのお隣のおばさんに、いつもつかまっていて、まったく意味のわからない「言葉」で30分も!話しかけられていました^_^

元気でおしゃべりな女の人たちと、おとなしい我が家のばあちゃん

想像すると可笑しいです

ばあちゃんも、忘れられない思い出みたいで、クスクス笑っています

 

こんな楽しい時間をプレゼントしてくれるばあちゃんに感謝です

 

今日も、いい1日をお過ごしくださいね