あい青子「大好きだった曲」と「手離し服」で幸せを感じる「認知症の予防と介護」

認知症、障害、癌、介護といろいろあっても「幸せな気持ち」になれる「音楽」や「ファッション」や「脳科学」のヒントです 自分自身と家族のために書いていますが、一緒に楽しんでいただけたら、とてもとても嬉しいです

双方向のブログ、片道のブログ、両方嬉しいです

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ここしばらくは、映画と映画音楽を中心にブログを書いていますが

このブログは、私の精神安定剤のような、秘密基地のようなものです

大好き!なことを書く場所です

 

ちょうど1年前の今日、ブログを書き始めて半年経った時の感謝の記事です↓
 感謝!ブログを始めて半年がたちました - あい青子「大好きだった曲」と「手離し服」で幸せを感じる「認知症の予防と介護」

本当に、ブログというものに助けられて、ここまできました

たぶん、この感じは、なかなか伝わらないかもしれません

大袈裟に聞こえるかもしれません

けれど、

ブログがなかったなら、ここまで来れなかったよねという

コロナと

6人家族と

介護と

もろもろの生活がありました

双方向のブログ

自分が、どなたかのブログの内容がとても好きで

そして、そのブログの方も、こちらのブログを興味をもって読んでくださっている

こういう、双方向のブログの関係ってありますよね

とても幸運な出会いなのだと思います

実生活では、なかなかない「興味のピンポイント」の出会いです

さらに、

リアルなおつきあいだと、なにかと関わってくる性格全体、生活、時間、儀礼のようなものから、ちょっと切り離された「ブログの空間」というのは、

シンプルで、とても魅力的です

こういうブログの良さを知ることができて幸運だったと思っています

ありがとうございます

一方通行の片想いのブログ

残念ながら、自分のブログには興味をもっていただけないけれど

一方的に好きなブログというものも存在しますよね

有名ブログもそうですし

ごくこじんまりと書かれているブログにも、とても魅力的なブログは沢山あります

こういうブログに巡り会えたのも幸せだなあと思います 

実生活で、ここまで広く、好きなものを見つけるのは難しいからです

 

大好きだったブログの方が、ひと足さきに空に帰られたのも経験しました

大好きだったブログの方が、私のブログとは縁を切られたのだな、というのも経験しました

 

哀しいけれど、これも当たり前に、起こることですよね

誰にとっても命は限りあるものですし

ひとの好みや、考え方や、受け取り方を、変えることなどできるはずもありません

そんなことができるはずがありません

 

さみしいけれど

ブログの中にも、お別れはありますよね

楽しかったよー、励ましてもらっていたよー

今まで、本当にありがとうーーーーと

心の中で叫んでみたいと思います

自分のブログを読んでいただける幸せ

双方向のブログの関係というのは、案外、難しいものですね

ひとりひとり、考え方も、環境も、年齢も、興味も、持っている時間も、何もかもが違いますから、

双方向で、無理もなく、読み続けられるというのは、

かなりレアなことではないのかとすら思います

 

そんななかで

読んでくれる方がいらっしゃるという幸せ

ブックマークをつけてくれる方がいらっしゃるという幸せ

コメントを書いてくれる方がいらっしゃるという幸せ

ランキングを押してくれる方がいらっしゃるという幸せ

 

こういうこと全てが

当たり前なんかじゃないんだと

とても、ありがたく思っています

 

現実の世界を想像すればわかります

本当に人間関係は難しいです

全てのひとが、双方向に、うまくいけばいいけれど

そうは、なかなかいかないのが、現実です

読む人に選ぶ自由があるブログ

いつも読ませていただいているブログに

ある日、ブログを書いていらっしゃる方個人に対して、とても否定的なコメントが書かれていました

まったく関係のない私も胸が潰れるようなコメントでした

 

ブログというのは、読むのも読まないのも自由な世界です

家族でも、親戚でも、ご近所でも、同級生でも、同僚や上司でもありません

なんの拘束もない世界です

嫌だったなら、読むのをやめればいいだけです

 

感情的で否定的なコメントを読む機会があると、

「そのブログにいかなければいいだけだよーーー」

「自分にピッタリなブログを訪問すればいいだけだよーーー」

と思ってしまいます

 

誰にでも、自分の好きな、その人にとって「気持ちのいいブログ」って、ありますよね

選択権は、読む方にあります

義務などありません

それぞれが、好きなブログを選んで読んで

そこで、「いい時間」を過ごせればよいのだと思っています

ブログっていいですね

自分の思いを素直に書けて

その思いを読んでくださる方と出会うことができるブログ

 

その方が素直に書かれている思いに共感できるブログとの出会い

 

そんな自由なブログという場に

今日も感謝です

ブログって、本当にいい場所ですね

ありがとうございます

さてさて、

我が家の認知症のばあちゃん

暑い夏を乗り越えてほしいというのが

家族みんなの願いでした

 

認知症なので、今の自分が、1人で立ったり歩いたりは無理になっていることを覚えていることが出来ません

夜中に目が覚めると、フラフラと立ち上がり、ソファまで、トイレまで、移動してしまいます

そして、転びます

 

じいちゃんの父親、わたしの祖父のことを思い出します

祖父も高齢まで、祖母とともに2人暮らしを続けました

ふたりとも認知症はありませんでした

体調が悪くなった時、祖父は自分で車を運転!して病院に行き、そのまま入院

そして、その病院でなくなりました

祖父は、自分を子供あつかいするスタッフさん達に腹をたてていました

本当は、子ども扱いではなく、優しかっただけだと私は思っています

ベッドから出ないように言われていても、認知症でもないのに、言いつけを守らず出歩くので

最期には、ベッドで拘束されていました

点滴を勝手に外したりするからです

父は、母が動かないように、「なんとか」したいと思っています

勝手に歩いて、転んで頭をうったり骨折したりが怖いですし

その都度、慌てふためくのは、横で寝ている父ですから当然ですよね

 

それでも私は、拘束だけは、いやです

自分が認知症で「事態」がわからないときに

気がつけば、いつも、ベッドに縛りつけられていたら

それは恐怖です

拷問です

 

母が転んで、最悪の場合、そのままになったとしても

それが自然なのではないかと、今は、思っています

正解とか、間違いとかは、ありませんよね

それぞれの本人の

それぞれの介護するひとの

その時の「思い」でしかありませんよね

 

さあ、今日も朝がやってきました

こうして自分が生きていること自体が奇跡です

 

今日もいい1日をお過ごしくださいね