
落下の解剖学
ひとりのヒトの多面性
あの人は、こんな人だよ
とても簡単に語ってしまう時もあります
でも
それが先日のアメリカの大統領選だったり
今回の映画「落下の解剖学」のように法廷で争う場合だったりすると
「勝たねばならない」
「負けるわけにはいかない」ゆえに
その人が持っていた「たくさんの部分」の一部が提示されることになります
ほかのひとが「たまたま見た」そのひとの一面
そのときの「事実」かもしれないけれど
それだけではその人の「全て」など語れるはずもない「一面」の数々があります
ほんとうに人って複雑で不思議ですよね
殺したのか殺していないのか
結局のところ
その「答え」は「本人」の妻ひとりしか知りようがありません
裁判ってなんなんだろう
証拠ってなんなんだろう
そんな疑問さえ浮かんできます
もしも、殺していなかったケースでも
事故だったのか
自殺だったのか
ここも
「答え」は「本人」の夫ひとりしか知りようがありません
その「知りようのないこと」を知るために
つぎつぎと暴き出すそれぞれの「事実」
裁判も
選挙も
えげつないなあというのが本音の感想です
言語の問題
言語(言葉)というのは「思考」そのものの素ですから
その言語が自分にとっての「第一言語」でない場合
思考も変わるし
出てくる言葉も当然変わってきてしまい
それを聞く相手の印象も大きく変わってしまいます
主人公の妻はドイツ語が第一言語です
ところがフランス語が第一言語である夫と出会い結婚したため
家庭内では第二言語である英語を使って暮らしています
それだけで十分に複雑です
ところが
この事件が起こったのはフランス国内です
暮らしていたのがフランスだったためです
妻にとっては慣れないフランス語で裁判をうけなければなりません
圧倒的に不利です
夫との会話すら
お互いに本音を伝えあえているかすら分かりません
第一言語で話したって互いを理解することは難しいですよね
アメリカで暮らして「第二言語」で考える時間を過ごし
ヨーロッパで暮らして「第三言語」で話さざるを得ない時間を過ごした経験から
この映画のシチュエーションの複雑さは身に染みます
こわいです
ことば
子どもたちの学校生活のなかで
いろんなケースの親たち夫婦を見てきました
国際結婚がとても多かったし
言語も様々でした
この映画のように
便宜的に家庭内では「英語」をつかうことにしている家庭も少なくありませんでした
父親にとっても
母親にとっても
第一言語ではない言葉で日常生活をおくります
我が家のこどもたちもそうでしたが
多くのクラスメートたちは
両親の「母国語」
学校での「英語」
暮らす地域の「現地語」というすくなくとも3つの言語をつかっての
思考と会話になっていました
とても複雑な状態です
ことばって重要ですよね
私はこうして書いているときも「日本語」で考え「日本語」で話しています
シンプルです
じゃあ「英語」考え「英語」で話すなら?
さらに「第3言語」で話すときは「何語」で考えているの??
私の場合は「第3言語」で考えるほど達者ではなかったので
「日本語」「英語」を介しての思考だった気がします
それはとても不便で誤解の多い生活だったと思います
毎日は楽しくとも
いったん
この映画のように何かがおきたとき
言語の問題はとてつもなく大きな問題となりますよね
ありがとうございます
重い映画の中で
妻の「夫の地にいる」フラストレーションを常に感じていました
同時に
夫の「妻だけが成功している」フラストレーションも感じました
人間関係って
夫婦関係って
複雑ですよね
ひとすじなわではいかない
それでも
分かりあえなかったとしても
毎日をともに並んで笑顔で過ごしていく
それが「家族」なんじゃないかなあなんて思いました
みなさまも「落下の解剖学」ご覧になりましたか?
今日もいい一日をおすごしくださいね
映画が好きでした
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この映画の舞台も雪
今朝はこちらも雪だったようですね
冬本番♪
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