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オノヨーコ(小野洋子さん)の年齢と子ども時代のアメリカ日本の両体験(財閥の家系の帰国子女としての視点)

小野洋子さんは財閥の家系の娘

前回の記事でオノヨーコさんのことに少し触れました

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ジョンとの出会い以前について

日本ではとんでもない上流階級の出身

戦後の当時、海外に子女を留学、遊学させていた階級があったということですよね

まるでちがう世界の人という感じです

そう自分にとっての「印象」を書いたけれど

ちゃんと知りたくなりました

小野洋子さんの年齢

まずはっきりさせなければならないのは

小野洋子さんは1933年2月18日生まれだということです

昭和8年生まれ

学年でいうと昭和7年生まれの方たちと同級生です

え?!

むしろ私の両親たちと同じような世代です

両親たちの弟妹の年齢だったのです

驚きです

小野洋子さんは帰国子女

その小野洋子さんは上に書いたように日本の上流階級に生まれ

wikiより

ヨーコが2歳の時、父の暮らすサンフランシスコへ転居したが、2年後には母と共に日本へ帰国

さらに

父の転勤に伴い、再び渡米しニューヨークに転居、ロングアイランドのパブリックスクール(公立小学校)に通った。

帰国後

1953年、20歳の時に家族と共に父親の赴任先であるニューヨーク郊外のスカーズデールに移り住み、サラ・ローレンスに入学、音楽と詩を学ぶ。

そこで洋子さんは

サラ・ローレンス大学在学中の1956年に一柳慧と出会い、同大学を退学し結婚、前衛芸術活動を開始する。

となるわけですね

自分の頭の中では

時代は違いますが白洲次郎さんのように「留学、遊学」させられていたような

そんな印象だったのですが

違いました

親と共に暮らした「帰国子女」でした

しかも

その年齢からみて

戦前、戦中と戦後の

両方のアメリカと日本を知る方でした

この事実は大きいです

アメリカにとっての「敵国」日本の時期

この確認が必要ですよね

アメリカにとって日本が完全に敵国になったのは

真珠湾攻撃から日本の敗戦までです

つまり

1941年から

1945年まで

この期間ですね

小野洋子さんが子供の頃

父親の転勤に伴い2度のアメリカ生活 をしているのは

アメリカと日本の交戦以前です

そして

家族についてアメリカの大学に移ったのは

日本の敗戦後です

1952年のサンフランシスコ平和条約発効

この後になります

小野洋子さんは日本の子供としては特異な環境で

日本とアメリカという両国を見つめていたことになります

「仕方がなかったんだよ」という大人

でもこどもの純粋な目で見ると

それは大人たちの嘘であり

「戦争はしたくてしたことでしょう」

ということになります

戦争は2度としてはいけないという信念は

私の母や夫の母もそうですが

純真な子供としてみた戦中、戦後の日本

その反省に他なりません

その誓いのような信念が

いとも簡単に崩れていく今という時に

戦争は単なる殺し合いなのだということを知らない怖さを感じます

ジョン・レノンとオノ・ヨーコの年齢差は?年上の妻

最初の結婚

二番目の結婚と娘さん

そのことは後で書くこととして

今回は「年齢」です

もちろんジョン・レノンの「年上の妻」ということは認識していましたが

ジョン・レノンは1940年10月生まれ

小野洋子さんは1933年2月生まれ

7歳半の年齢差です

戦争中に生まれたと言っても体験には子供の時の「7歳前後の差」がありました

もちろん

国の差

階級の差

教育の差

そういうものもありました

ジョン・レノンが強く小野洋子さんという人に惹きつけられた理由

ふたりとも

それまでの結婚と子どもたちを置いてまでした離婚と結婚

その理由の一部が垣間見えるような

小野洋子さんの経歴だと思いました

イギリスにっとっての「日本」の印象

英国領の香港、シンガポールなどへ侵攻し

英国人を捕虜にし劣悪な環境で虐待したと

日本人に対する感情は「野蛮なひとたち」というものが

あったと思います

「捕虜」にたいするルールが日本ではまったく異なっていた面は

否定できないと思います

そんなイギリスで

ビートルズという世界的になったアーティストのジョン・レノンと

英国人の元妻と息子を捨ててまで結婚した日本人女性、ヨーコ・オノ

受けいれられるのには難しい状況だったことと思います

ビートルズのメンバーからも

周りの人たちからも

イギリス人全般からも

歓迎はされていないひととして

個人的には

強くなければジョンのパートナーとして生きてはいけなかったと思います

ありがとうございます

ビートルズのメンバーにとっての「サークルクラッシャー」

つまり「解散の原因」とも言われた人です

男だけの音楽の世界に

突然、当然のごとく「ジョンの横」に座り続ける存在

それは奇異だったし圧でもあったことでしょう

お飾りとしてジョンが連れてきた女性ではない

ジョンが必要とする人間として対等な女性

しかも東洋人

そんな存在に

ビートルズのメンバーも周囲も動揺したことは

想像に難くありません

小野洋子さん

オノ・ヨーコ

もっともっと知りたいです

同じ日本人であっても詳しくは知らなかった方

個人的には私自身の子どもたちとも重なる「帰国子女」としての生活

ふつうのアメリカ人ではない

もちろんイギリス人でもない

日本人としても特異な存在

どこに行っても理解されがたい存在

どこに行っても「アイデンティティ」の確立がなされずらい自分

そんな小野洋子さんのことをもっと知りたいと思います

みなさまは如何でしょうか

それでは

今日もいい一日をお過ごしくださいね♪

 

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アメリカと日本を知る帰国子女

しかも戦中戦後のアメリカと日本を知る人

ある意味ずるくないと生きてはいけなかった大人の観点ではなく

純粋な子供の目で見つめてきたひと

興味は尽きません

 

観ました、更新しました

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