あい青子のどんな時も「幸せを感じる」方法24

認知症、障害、癌といろいろあっても「幸せな気持ち」になれたヒント集です。少しでもお役に立てたなら嬉しいです

認知症でも楽しい?幸せを感じる???

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今回は、認知症の話ですよ

 

みなさんのまわりには、認知症のかたがいらっしゃいますか?

 

私の祖母、いつも話に出てくるばあちゃんの母親が、今の言葉でいうと認知症でした

わたしは小学生でしたが、同居していた叔母が苦労していたのは、よく覚えています

 

その祖母の娘であるところの、私の母(ばあちゃん)も、その妹も、認知症です

ですから、私自身も、どこかで、きっと自分も認知症になるであろうと覚悟しているところはあります

 

もちろん、嬉しいはずもなく

以前、幸せを感じる方法のひとつとして書いた、運動と組み合わせて

 

体を動かしながら、汗をかきながら

引き算

掛け算

しりとり

など認知症予防にいいとされているものを試していますよ

 

でもね、

怪我も病気も障害も老化も、悪いものときめつけるのは、どうかなとも思うんです

仕方がないものでもあるし、幸せを運んでくれるもの?でもあるからです

 

大きな怪我をされて、そこから一念発起したアスリートがパラリンピックに選ばれるまでになる

そこで言われたのが、怪我をしなかったら、世界を相手に戦えるような自分ではなかったけれど、怪我をしたからこそ、

世界一を狙える自分になった、といった内容だったと思います

 

病気も、なったからこそ、命には限界があるのだと知り、そこからの人生が変わることがありますし

 

障害も、持ったからこそ、心の底からの

他の人に対する優しさが生まれることがあります

 

老化も、自分が老いてみて初めて見えてくるものがあるようです

 

認知症も同じように、悪いことばかりではありませんよ

 

いろいろなことが、できなくなっても、楽しい気持ちといった感情は、とても豊かに感じます

調子の悪い日には、孫の話をしたり、

孫の可笑しなビデオを見せたりすると、

あら〜!と声をあげて、脳が活性化されるのが見えるかのような笑い顔になります

 

現在のこと、ちょっと前のことは記憶できなくても、昔のことなら、いくらでも思い出せます

楽しかった、おかしかった旅の珍道中の話など、何度も何度も思い出しては、繰り返し話しています

聞く方も、楽しい話は 何度聞いても嬉しいものです

認知症ではない こちらが、もう忘れていることをスラスラと 覚えていたりするのも脳の不思議です

 

認知症というだけで、なにもできない人のようなイメージをもたれてしまうかもしれませんが、実態はなかなかに豊かです

 

ボケにツッコミをいれてみたり、和歌の下の句を続けてくれたり!

服を着る順番がわからなくなっても、自分の好きな服には、少女のように喜びます

 

植物をひとつひとつ愛おしみ

好きだった歌を 口ずさみ

思いがけない食べ物を美味しい美味しいと口にし、

突然、思い出したように家事ができる日があったりもします

 

次に認知症になるのは、自分かもしれないと思うと、すべてのことがヒントになります

 

何をしたら喜んでもらえるのか

何が嫌なのか

なかでも、喜びの感情とプライドは、とてもとても大切なものです

 

自分も認知症になっても、喜びとプライドをもって生きていきたいから、今、ばあちゃんとともに暮らすことは、予習させてもらっているようなものですね

 

我が家のばあちゃんは、お風呂が苦手で

着替えが とてもシンドイのですが、なるべくなるべく悲しくさせないで、怒らせないで、上手にお風呂にいれたいと

いつも思います

それは明日の自分だから

 

認知症でも幸せを感じる明日の自分であるために、少しずつノウハウもためていけたらいいなと、母娘の日々に感謝しています

 

認知症の方が身近にいらしたなら、笑顔が見られるような、そんな会話をしてみてくださいね

 

幸せを感じる認知症の日々は、つぎは

私たちの番かもしれませんよね?

わたしには関係ないと言えるひとは、いないはずです

 

あまり身構えず、楽しみながら

一緒に準備していきませんか???